for God’s sake



<7>



ふたたび、ウィナーズサークルにやってきたぼくたち。
「麻野、よかったな〜ほんとすげー追い込みの脚だったな!かっこよかったな〜」
先輩も興奮気味の様子。
そうか、ああいうのって追い込みって言うのか・・・・・・
だけど、ほんとにすごかった。他の馬が止まって見えた。
隣りの人が、やっぱりオークスの3着はまぐれじゃなかったんだなって言ってるのが聞こえ、普段人見知りが激しく、絶対知らない人とはしゃべらないぼくは、その人に声をかけてしまった。
「む、昔は強かったんですか・・・?」
突然見ず知らずのぼくに話しかけられたその人は、びっくりしたようだった。
「こいつ、今日この馬にホレちゃいまして・・・よかったら過去の成績とか教えてもらえませんか?」
先輩が、ぼくの頭を手のひらでぽんぽん叩きながら、フォローしてくれた。
その20代後半の男性ふたりづれは、快くいろいろ話してくれた。
デビュー戦を圧勝したけど、その後なかなか勝てなかったこと。
それでも善戦していたから、賞金面でクラシックへの出走はできたこと。
桜花賞では5着、オークスでは3着と、善戦したけれど、その後はさっぱり勝てなくて、とくにと今年に入ってからは、惨敗していたこと。
そして最後にこう言った。
「だけど、気になるんですよね。いつか走るんじゃないかって。今日、下が勝ったでしょ?だから余計にね・・・・・・」
そうこうしてるうちに彼女が引かれてやってきた。大きなレースだと先輩が言っていただけあって、表彰台やらなにやら準備されている。生産者、馬主、調教師、厩務員、騎手とかかれたその表彰台で、表彰式が行われた。
特に、厩務員さんがうれしそうだった。
当の本人(本馬?)も、栗毛の馬体をより輝かせて、誇らしげだった。
走るために生まれてきた競走馬たち。その目標を達成したものだけが、受けることができる祝福。
今日一日で、ぼくは競馬に魅せられてしまった。
結局、ぼくはまたしても換金するのをやめた。
今度は千円で買ってたから、配当は二万円にもなったけれど、それ以上の楽しさをもらったから。
それに、名前入りの馬券を残しておきたかった。
コピーサービスもあると先輩は言ったけれど、やっぱりホンモノがよかったから。
先輩は、ゴッドオブハピネスから買ったらしく、2着も人気のない馬だったので、何と二十万円近い配当をゲットしたらしい。
帰りにお寿司をお腹いっぱいおごってくれた。








帰りのバスの中、先輩は上機嫌だった。
「麻野は、今日どうだった?楽しめた?」
「先輩、何度聞くんですか。すごく楽しかったです。競馬はロマンだって先輩が言ってたけど、その意味がわかったきがします。それに、馬はとてもかわいいし、見てるだけで、優しい気持ちになれます」
「おれも、今日初めて馬を見たんだけど、あの瞳がたまんないな、すいこまれそうになる」
「走ってる姿はもっときれいですね。しなやかで・・・気持ちよさそうで・・・・・・」
「お気に入りの馬も見つけたし・・・?」
「はい。あの姉弟は、これからずっと応援し続けます!」
「ゴッドオブチャンスにゴッドオブハピネス。チャンスの神様に幸せの神様・・・いい名前だな?」
そう・・・ぼくは名前にも惹かれたんだ。
「麻野にも、その神様が訪れるといいな」
「きっと、あの2頭の馬が運んできてくれますよ?先輩のところに・・・」
隣りにすわる先輩に視線をあげると、先輩もぼくを見ていた。どちらからともなく、笑みがこぼれる。
ぼくたちふたりが一緒にいるのは、お互いが、この世でひとりっきりだから。
ぼくは、先輩の好きな人の弟で、ぼくは先輩が好きだから。
もしかして、淋しい者同士の共依存関係なのかも知れない。
だけど、それを選んだのはぼく自身。たとえ、先輩にひとりの人間として愛してもらえなくても、同情だったとしても、そばにいたいと望んだのは、ぼく自身。
だからこそ、もっとを望んではいけない。絶対に・・・
そして、気持ちを知られてはいけない。絶対に・・・
肩にぬくもりを感じた瞬間、ぐっと引き寄せられた。
「今日一日、疲れたろ?まだまだだから・・・休んでいいよ?ほら、身体の力抜いて。もたれかかっていいから・・・」
冷房が効いた車中。借りた毛布をかぶせてくれる。
Tシャツの向こうから先輩のぬくもりを感じ、ドキドキする。だけど、それ以上に、それが気持ちよくって・・・
瞼が重くなってきたと同時に、身体の力が抜けていくのがわかった。
とても安心できる腕の中で、ぼくは幸せな眠りを貪った。

                                                                       




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